ひとつの道

 どんな世界でもその中に入るにはひとそれぞれ色んな方法がある。木工なら学校
に行った後独立する。先人のもとで修行して独立する。誰にも習うことなく独立する。
どれが正解でどれが不正解はないと思う。
 
 技術が基本に成り立っている世界は職人というものが存在するし、インスピレーシ
ョン優先の世界なら職人はある意味存在しない。そんななかで木工というものは職
人の世界のドストライクだ。ならば自分も一人前の職人としての技術を身につけてか
らでないと何も始まらない、始める自信もない、と思ったのは言うまでもない。

 そんな思いで師匠探しを始めたのが25年前。行先は木工作家、町工場、大工場。
一番情報が探しやすいのは今もそうだが個人の作家だ。自分も最初はそういう作家
の方を訪ねて西や東にと足しげく通った。しかし、通ううちにわかったことは、ここは自
分に向いていないのではということ。

なぜならここで一生雇ってもらうと思って行くのならいいが数年後に独立。しかも作家
として独立というプランがあることを考えた場合、一人の作家のもとで修行することで
その人色に染まってしまっては独立後に自分の色を出すのはかなりきびしいのでは
ないかということ。また、技術面においては作家というのは一品生産が基本の場で量
産などまずありえない。ということは技術を身につけたい者にとっては遠回りになるの
ではないか。

 作家のもとでひと月に一点完成されていくのを見て過ごす場合と、作家でないところ
でひと月に20点完成されていくのを見て過ごす場合を比べると、それぞれが同じ一年
を過ごしたとしたら作家でないところに行けば20倍の一年が過ごせる。言いかえれば
一年で20年分相当になる。製作に当たれば20倍の経験を積むことができる駆け出し
のころは新しい技術を習得するのも大事だが同じものを数をこなすということも重要だ。
数をこなし多くの失敗の中からたくさんのことを学んでいく。そんな思いから自分の進む
道は小さな総勢10以下の町工場。できればそこには長いキャリアをもった手の枯れた親
方のいるところが自分の求めているところだと思うようになった。

 そういう思いで探していたときにアンテナに引っかかったのが当時ですでに10年近く前
に書かれた故秋岡芳夫さんの本に紹介されていた日本の洋家具のこと。分厚い本の終
わりのあたりに”神戸には手仕事の洋家具製作所が数少ないが残っている”というほん
の一行ほどの文をたよりに、どこにあるともしれない神戸に残っているかもしれないその
町工場を探しに出かけたのである。(続)

あっという間

あっという間に8月も第2週目です。

一体毎日何をしているのか。個展が終わってかなり呆けていましたが
そういうわけにもいかず体ではなく気持ちに鞭打って製作の日々です。
思えば木の世界に入って25年。つい数年前のことの気がするのに
1/4世紀前なのかと  汗

サラリーマンをしてた頃に出会った木。というか見つけた木。
家を売る仕事をしてた頃は今の自分など到底考えにもなかった。

毎日遅くまで家を売る営業をしながら心に矛盾を抱え葛藤する毎日だった。
当時は古いものは時代の波にのまれて消えていき代わって新しいものが
次々に生まれていたがはたしてそれでいいのか、生まれてきたものはなにか
あやしいうわべだけのもののようで素材・技術など含めた本物といえるものがどんどん
消えていくような気がして自分がどうにかしないと、みたいな若さゆえの勢いで
この世界に入ったものでした。(続)